大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和55年(行ク)3号 決定

申立人 永井小八郎 外一六九名

被申立人 内閣総理大臣

主文

本件申立を却下する。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申立の趣旨

当庁昭和五五年(行ウ)第三号原子炉設置許可処分取消請求事件(以下「本件訴訟」という)の被告内閣総理大臣大平正芳を通商産業大臣田中六助に変更することを許可する。

二  申立の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  本件申立の理由

1  本件申立人らは、被申立人が、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(昭和三二年法律第一六六号、「原子力基本法等の一部を改正する法律」(昭和五三年法律第八六号、以下「改正法」という)による改正前のもの、以下「旧規制法」という)二三条一項に基づき、昭和51年4月15日、九州電力株式会社に対してなした川内原子炉(以下「本件原子炉」という)設置許可処分(以下「本件処分」という)の取消を求めて、昭和53年2月14日、行政不服審査法に基づく異議申立(以下「本件異議申立」という)を被申立人宛になしたが、同55年1月24日、通商産業大臣の名義で本件異議申立棄却の決定がなされたので、被申立人に対し、同年4月24日、本件処分の取消を求めて本件訴訟を提起した。

2  然し乍ら、旧規制法は、前記改正法(昭和54年1月4日施行)により改正され、本件訴訟提起時には、既に実用発電用原子炉の設置許可の権限が内閣総理大臣から通商産業大臣に変更されていたのであるから、本件訴訟は通商産業大臣を被告とすべきところ、申立人らは、現実に設置許可をした内閣総理大臣が右訴訟の被告適格者であると思慮し、誤つて同大臣を被告として本件訴訟を提起したので、行政事件訴訟法一五条一項により被告内閣総理大臣を通商産業大臣に変更することを許可する旨の決定を求める。

二  本件申立の理由に対する認否

全部認める。

三  本件申立に対する被申立人の主張

以下の事情に照らすと、申立人らが、本件訴えにおいて被告を誤つたことには行政事件訴訟法一五条一項にいう重大な過失があるというべきであるから、本件被告の変更は許されるべきではない。

1  申立人ら全員を含む六八七五名の者は、昭和53年2月14日、本件原子炉設置許可をした内閣総理大臣に対し異議申立をしたが、通商産業省資源エネルギー庁長官は、昭和54年2月2日付で、行政不服審査法四八条が準用する同法三八条の規定により、前記改正法が施行されたことに伴い、当該異議申立につき決定をする権限が通商産業大臣に承継された旨を、別紙一の書面でもつて、右異議申立人全員によつて選任された総代池満洋(訴状番号1の原告)あてに通知した。

2  また、通商産業大臣が昭和55年1月24日付で右異議申立について決定をしたことに伴い、通商産業省資源エネルギー庁長官は、右総代池満洋あての決定書謄本の同日付送付書(別紙二の書面)において、前記改正法附則三条一項により当該異議申立に係る処分庁の地位を通商産業大臣が承継した旨明記した。

四  被申立人の主張に対する認否

1、2項の事実は認め、冒頭の主張は争う。

理由

一  申立人らが、内閣総理大臣を被告として本件訴訟を提起したのが昭和55年4月24日であることは、本件記録上明らかである。してみると、本件訴訟提起時には既に前記改正法により、実用発電用原子炉の設置許可の権限が内閣総理大臣から通商産業大臣に承継されていたのであるから、本件処分の取消の訴えは、行政事件訴訟法一一条一項ただし書により通商産業大臣を被告として提起すべきものであり、本件訴訟は、被告とすべき者を誤つたときに該当するものと認められる。

二  そこで、申立人らが、被告とすべき者を誤つたことにつき、重大な過失があつたかどうかについて判断する。

1(一)  被申立人の主張1項(前記改正法の施行に伴い、処分庁が決定をする権限を有しなくなつた場合の措置として、行政不服審査法四八条・三八条が定める通知が申立人ら総代池満に、別紙一の書面でもつてなされたこと)・2項(異議申立についての決定書送付の際、前記改正法により、処分庁の地位を通商産業大臣が承継した旨の通知が申立人ら総代池満に、別紙二の書面でもつてなされたこと)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  申立人池満洋本人審尋の結果および本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1) 同人は、昭和51年に北薩地区労働組合協議会の事務局長就任とともに、本件申立人らが加入している川内原発建設反対連絡協議会(昭和48年組織、以下「反対協議会」という)の世話人として、本件異議申立の手続等を、法律面における助言を受けながら異議申立書などを作成し、申立人ら全員を含む六八七五名が、昭和53年2月14日本件異議申立をした際、総代(行政不服審査法一一条による)の一人に選任され、本件申立人らから右異議申立に関する全ての権限を委任され、当局からの文書も全て同人宛に送付されていた者であること。

(2) 同人は、本件異議申立手続における当局との話し合いに全て関与し、その間、昭和53年12月頃、川内市に赴いた科学技術庁の係員から本件異議申立に関する所轄庁が通商産業省に変更される旨告知され、前記改正法の施行により、本件異議申立の処分庁たる地位が通商産業大臣に変更された後も、別紙一の書面(行政不服審査法四八条・三八条後段による通知)を受取り、地元である川内市における口頭意見陳述の実施を要求して通商産業大臣の係官と折衝を重ねたが、合意をみるに至らず、昭和55年9月26日頃には、通商産業大臣臨時代理国務大臣から、同日付同大臣作成名義の文書により、口頭意見陳述は福岡で、陳述者は申立人池満外二名に限つて行なう旨の最終的通知を受取つたが、これに対して、同人は右通商産業大臣臨時代理国務大臣宛に抗議の文書を送付していること。

(3) 本件異議申立を棄却した決定書の作成名義人は通商産業大臣であること。

(4) 昭和55年3月20日、前記反対協議会は、本件訴訟を提起することを決議したが、右決議に基づき、申立人池満が、同年4月11日、本件異議申立書、決定書謄本、別紙一の書面および伊方原発訴訟の資料を携えて、本件訴訟の原告ら訴訟代理人である弁護士に、本件処分の取消の訴えの提起およびその遂行を依頼したこと。

(5) その後、申立人池満は、浄書された提出前の訴状に目を通すと共に、自ら準備し集めた、その余の本件申立人の訴訟代理人への委任状を訴訟代理人に手渡して、その余の本件申立人のためにも本件訴訟の提起およびその遂行を委任したこと。

(6) 本件訴状二項には、「通商産業大臣名義で(本件)異議申立を棄却する旨の決定がなされた。」と記述されていること。

(7) なお当裁判所において昭和55年6月14日開かれた申立人ら訴訟代理人ら及び被申立人指定代理人らとの事務打合せにおいて、当裁判所裁判官より本件申立人ら訴訟代理人に対し被告を内閣総理大臣とすることを維持するのかどうか尋ねたが、確答が得られず、更に裁判長より訴訟代理人宛の同年9月30日送達された釈明準備命令により同旨の釈明がなされた結果、同年10月11日に至り、ようやく本件被告変更許可の申立がなされるに至つたこと。

2  右事実によれば

(一)  申立人池満は、その余の本件申立人ら全員のために、本件異議申立および本件訴訟の提起に至るまでの手続を実行し、かつ誠実に実行すべき職責にあつたこと、従つて本件訴訟の提起につき正当な被告適格を有する者に対してこれをなすべき義務を負つていた者と認められるところ、同人は、本件異議申立書を作成したこともあり、かつ、前記法改正により処分庁が変更された後にも、直接又は間接を問わず、通商産業省係員若しくは通商産業大臣と折衝を重ねてきたもので右折衝の過程で同人に送付された、通商産業省の関係者が作成名義人となつている文書、特に別紙一の文書及び決定書謄本と共に送付された別紙二の文書の内容を、その引用に係る行政不服審査法の条文を参照のうえ、少しの注意を払つて検討しさえすれば、通商産業大臣を被告として本件訴訟を提起すべきことは容易に判明し得たものというべく、同人の前記職責および経験に照せば、法律に関する専門家ではないとはいえ、同人が被告とすべき者を誤つたことにつき、故意にも比すべき著しい重大な過失があつたものと認められる。

(二)  さらに、訴訟代理人においても、本件訴訟の提起前、本件訴状を読み返してさえおれば、その被告の表示と請求原因二項の記述との矛盾にたやすく気付き得た筈であるうえ、申立人池満が持参した、本件訴訟の提起にあたつて当然検討すべき、異議申立書、決定書謄本、別紙一の書面等の内容からも本件訴訟の正当な被告が内閣総理大臣ではなく、通商産業大臣とすべきであることが容易に判明し得たものというべく、従つて内閣総理大臣を被告として本件訴訟を提起したことにつき、右訴訟代理人には法律専門家として要求される注意を著しく欠いた重大な過失があるものと言わざるを得ない。

(三)  そして、申立人池満および訴訟代理人の前記重大な過失は、民法一〇一条一項の法理により、本人たる本件申立人らにもその効果が及ぶから、その余の本件申立人らについても、被告とすべき者を誤つたことにつき、重大な過失があつたものと認められる。

三  以上のとおり、本件申立人らには、被告とすべき者を誤つたことについて重大な過失があつたものと認められる以上、本件被告変更の申立は許すべきではないので、本件申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 猪瀬俊雄 太田幸夫 小林秀和)

別紙一

通商産業省

五四資庁第六六三号

昭和五四年二月二日

川内市向田本町六番一三号

異議申立人 総代 池満洋殿

資源エネルギー庁長官 天谷直弘

行政不服審査法第四八条により準用される同法第三八条の規定に基づく決定権者の変更の通知について

原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五三年法律第八六号)の施行に伴い、貴殿より内閣総理大臣あてに提出された下記の異議申立てにつき、決定をする権限が、昭和五四年一月四日をもつて通商産業大臣に引き継がれましたので、行政不服審査法第四八条により準用される同法第三八条の規定に基づき、通知します。

昭和五三年二月一二日付け(川内原子力発電所の原子炉設置許可処分に対する異議申立)

別紙二

通商産業省

五四資庁第一〇一号

昭和五五年一月二四日

異議申立人 総代 池満洋殿

資源エネルギー庁長官 森山信吾

行政不服審査法に基づく異議申立てに係る決定書の送付について

昭和五三年二月一四日付けをもつてなされた上記の件については、原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五三年法律第八六号)附則第三条第一項によつて本件に係る処分庁の地位を通商産業大臣が承継したものであるところ、昭和五五年一月二四日付け五四資庁第一〇一号により通商産業大臣の決定がなされたので、行政不服審査法第四八条において準用する同法第四二条第二項の規定に基づき、決定書の謄本を送付する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例